2021年4月16日更新
ラベルによく書かれている「山廃」「生酛」の文字。
今回は、その実態に詳しく迫ってみます。
『生酛(キモト)・山廃』についてお話していきたいと思います。 日本酒をよく飲まれる方なら「生酛(キモト)」や「山廃」という言葉をよく耳にするのではないでしょうか? また、この生酛(キモト)・山廃は日本酒を勉強し始めたとき殆どの方がつまずくポイントではないでしょうか。 生酛(キモト)・山廃は複雑でわかりにくい!と思われることが多いのです・・・。 ですので今回は、生酛(キモト)・山廃ってそもそも何?これらの違いは?
等々、簡単にわかりやすくご説明していきます! これらを知ることで、より一層日本酒を美味しく・楽しく飲んでいただけると思います!
日本酒造りの核である酒母づくり
生酛と山廃を説明するには、まず「酒母」と呼ばれる微生物の働きから説明しなければなりません。 酒母は文字通り酒の母ともいうべき、日本酒造りの核となる重要な工程で、酛(モト)とも呼ばれます。 じつは「一.麹 二.酛 三.造り」という言葉があり、酒母以上に麹の方が大切だと言われています。 ただし、良い麹が作れても酒母で失敗してしまっては台無しです。ひとつの作業にも気を抜けないということですね。 酒母は清潔・強靭・健康な酵母を育ててあげること、つまり糖分をアルコールと炭酸ガスに変える(アルコール発酵)働きをする微生物であり、酒母がなければアルコール飲料である日本酒は完成しません。 また、酒母だけではなく、日本酒造りは発酵タンクを密閉せずに製造するため、 酒母だけではなく様々な微生物(雑菌)が入り込み、 品質に影響を与えるので、 これらの微生物(雑菌)対策を行うことから酒母造りは始まります。 清酒用酵母は他の微生物と一緒にすると淘汰されてしまう弱い存在なのですが、 酸性に強いという性質を持ちます。 一般的な微生物は酸性に弱いので、 タンク内を酸性にすることで酵母の増殖にだけ都合の良い環境になるのです! そしてこの酸性にする役割を乳酸(物質)または乳酸菌(微生物)が担います。
ちょこっとポイント
- 糖分をアルコールに変える微生物である酵母を培養させたものが酒母=酛(モト)
- 日本酒造りのタンクは酸性にすることで、他の雑菌から守れる!
- 雑菌対策に使われる酸は、乳酸が担っている
おまけ:醪(もろみ)とは?
今回の山廃の話からは少しずれますが、この項で話が上がっている酒母に、麹、水、蒸米を加えさらに発酵させて出来上がるのが、日本酒の原型である醪(もろみ)です。 酒母は醪の約7%という小さいスケールで酵母を育てます。 例えば、1000kgの醪にする場合、70kgの米を使用して酒母用の仕込みを行うということです。 日本酒は醪を搾ることで出来上がります。
速醸酛系酒母と生酛系酒母
前項では、日本酒造りにおいてはタンクを酸性にすることが大事で、その酸を担うのが乳酸だとお伝えしましたが、この乳酸を得る方法には、
- 人工的に乳酸を加える方法
- 自然界に存在する乳酸菌を育てて得る方法
という2つの方法があります。 そして、
①の人工的に乳酸を加える方法で酒母を造るものを、「速醸酛系酒母」
②の自然界に存在する乳酸菌を育てて乳酸を得る方法で酒母を造るものを、「生酛系酒母」と呼んでいるのです! 現在では、ほとんどの日本酒がこの速醸酛系酒母を採用して造られていますが、生酛系酒母は酒母の昔ながらの製法です。江戸時代にはこの製法が採用されていたようです。 また、それらにかかる時間は速醸酛系酒母が14日ほどで完成するのに対して、生酛系酒母は1ヵ月ほど時間がかかります。
もう少し詳しく、例を用いながら見ていきましょう。
生酛系酒母完成までの微生物の覇権争い
<初日>
酒母造りのスタートライン、それは酒母タンクに米、米こうじ、水が投入されたところから始まります。まだどの微生物も主権を取っていないまっさらな世界がここに広がります。
<1~5日>
原料の投入から数日で始まる覇権争い、その前哨戦として硝酸還元菌が主導権を握ります。仕込み水の中に存在している硝酸還元菌は酵母の増殖を阻害する亜硝酸を生成することで自然に混入し増殖しようとしていた産膜酵母や野生酵母を駆逐していきます。
<5~15日>
硝酸還元菌がリードを奪う中、液中には米こうじの酵素の力で作られた糖分が蓄積されていきます。すると徐々にそれらを餌に乳酸球菌たちがムクムクと力をつけ始めます。彼らは活動の中で乳酸を生成し、液体を酸性環境にしながら増殖。その過程で雑菌や硝酸還元菌は淘汰されていきます。酒母タンクに原料が投下されて約半月、序盤に酵母を駆逐した亜硝酸は分解され、乳酸によって乳酸菌以外の菌も淘汰、乳酸菌の天下となったように思いますが、ここから酵母の下克上が始まります。
<15~30日>
他の微生物の生存が難しい酸性環境の中、唯一健全に活動できるのが酵母です。酵母は液中のブドウ糖などを糧にアルコール発酵を始め、酒母内の覇権を握るべく乳酸菌との一騎討ちに挑みます。そして数日の戦いの後、アルコール度数が上がり乳酸菌は死滅、ここに酵母のみが純粋培養された酒母が完成するのです。
ちょこっとポイント
- 乳酸を人工的に加えて造られるものを「速醸酛系酒母」という
- 蔵内に生育する乳酸菌を取り込み、繁殖させて乳酸菌を得ているものを「生酛系酒母」という
- 生酛系酒母は現在わずかしか造られておらず、造るのに速醸酛系酒母の約2倍も時間がかかる蒸米と麹米が半切りの中に入っています。生酛の始まりです。
おまけ:生酛(きもと)の復活
生酛系酒母は、乳酸菌を育成して造る際に乳酸以外にも様々な成分を生み出し、香味に影響を与えるため濃厚な味わいになり、独特の酸味をもちます。 そのかかる時間や手間、腐造してしまうリスクから、生酛系の製造を行う蔵は減少傾向にありましたが、近年、日本酒の酒米や酵母等の菌が代表的な種類しか使われなくなり、個性が無くなる可能性もある日本酒のなかで、生酛系の独特の味わいは注目を集め、生酛を復活させる蔵や、挑戦する蔵が増えています。
生酛とは
生酛系酒母の中にも「生酛」と「山廃酛」があります。
古来の方法で蒸米と水を混ぜて櫂ですりつぶす「山卸(やまおろし)」または「もと摺り」と呼ばれる作業で蒸米をすり潰して、米の溶解を促します。 生酛とは、麹・蒸し米・水を混ぜて櫂(かい)と呼ばれる道具を使ってすりつぶす「山卸し」または「もと摺り」と呼ばれる作業で蒸米をすり潰し、米が溶けるのを促します。
なぜ、生酛つくりは期間が長くなるの?
乳酸を自然に生成させるには、いくつかの微生物が関与し合うことが必要です。
①水中の硝酸還元菌が作用して亜硝酸を作ります
②麹や空気中の乳酸菌が乳酸を作ります
③亜硝酸が次第に消失して、乳酸だけが増えていきます ③のステップになると酵母を添加するのですが、造り手は見ただけでは状況を判断しずらいので、「亜硝酸試験」を通して消失したか判断します。 ここで酵母を添加しないお酒は「酵母無添加」と呼ばれて流通されています。
「コク」の正体とは?生酛にコクを感じやすい理由
コクとは「うま味」や「苦味」などを指すのですが、なぜ生酛系には多いのかご存知ですか? その理由をご紹介していきたいと思います。
①先行して乳酸菌などがタンパク質の分解を促進し、アミノ酸が多くなりペプチドが減ります。
②後から育つ酵母はアミノ酸を取り込み、栄養源としてペプチドを取り込む能力が低下してしまいます。
③生成したお酒にはペプチドが多くなり味に幅が生まれるのです。
④速醸酛ではペプチドが少なくなりシャープな印象の酒質となっています。
山廃とは
しかし、この山卸しは寒い中の力仕事のため、大変な作業であったため、明治42年に嘉儀金一郎氏がこのもと摺りをしない酒母の製法を考案しました。 これが山卸廃止酛、すなわち山廃酛です。
おおざっぱには、生酛仕込みから酛すりを廃止した仕込み方のことを言いますが、それに付随して細かな製法も異なります。
ちょこっとポイント
- 生酛系酒母には生酛と山廃酛がある
- 生酛の特徴である山卸を廃止したものが山卸廃止酛
おまけ:山卸しの大変さ
山卸しは人力で行う大変な肉体作業です。
麹と蒸し米をヨーグルトのようになるまですりつぶすのですが、蒸し米等の腐造を防ぐため、真冬の深夜から夜明け前までにこの作業を行います。 またその苛酷さと「もと摺り」の作業を息を合わせて行うために、「もと摺り唄」があり、現在でも生酛を仕込む蔵元では、この「もと摺り唄」を唄いながらお酒を仕込みます。
saketakuでお送りした生酛系酒母仕込みの日本酒
ふくよか純米酒 山廃仕込
如空 山廃仕込
また次回、お会いしましょう〜♪